国宝 

松本城天守

松本城の始まりは戦国時代の永正年間に造られた深志城で、信濃守護・小笠原氏の居城・林城の支城だった。

その後、甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、この地を信濃支配の拠点とし、天正十年(1582年)に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復して松本城と改めた。

豊臣秀吉による徳川家康の関東移封により、松本城主・小笠原秀政が下総に移ると、秀吉は石川数正を松本城に封じた。数正・康長親子は城と城下町のの経営に力を尽くし、康長の代に天守三棟(天守・乾小天守・渡櫓)をはじめ、御殿・太鼓門・黒門・櫓・塀などを造り、本丸・二の丸を固め、三の丸に武士を集め、また城下町の整備をすすめ、近世城郭としての松本城の基礎を固めた。五層六階の天守は、現存する中では、我が国最古の天守で、築造年代は、康長の文禄二年から三年(1593〜4年)と考えられている。

昭和二十五年(1950年)から国直営の天守保存工事が行われ、昭和三十年(1955年)落成し、今年解体復元五十周年を迎えた。以後、建物や施設の整備がすすめられ、昭和六十年(1985年)に二の丸御殿跡の史跡公園整備、平成二年(1990年)は黒門二の門と袖塀を復元し、平成十一年(1999年)には太鼓門枡形が復元された。


【 場 所 】 長野県松本市丸の内4−1
【開館時間】 8:30〜17:00(入場は16:30まで)
【休 館 日】 12月29日〜1月3日
【入 館 料】

一 般 小人(中学生以下)
600円 300円
※料金には松本市立博物館の入館料も含まれている

松本城公式ホームページはこちら
【交通案内】 JR中央線・松本駅前からタウンスニーカー北コース「松本城黒門」下車

松本城天守閣地図

国宝・松本城天守

昭和五年に本丸・二の丸が史跡に指定され、天守群(天守、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓・月見櫓)の一連の建造物が昭和十一年三月に国宝に指定された。

加藤清正駒つなぎの桜

石川康長の盟友・加藤清正が江戸から熊本への帰路に訪ねたとき、康長が清正へのお土産の馬をつないだという枝垂れ桜。春に見るときれいらしい。

黒門

本丸の正門で枡形門となっている。昭和三十五年に復元された。

黒門一の門

入ったところに宇宙ツツジがあるよ。

宇宙ツツジ

向井千秋さんが宇宙に持って行ったツツジの種子を地球に戻ってから発芽させ育てたツツジ。

小笠原牡丹

小笠原長時が愛でた牡丹の株を、家臣久根下家が伝えたもの。これまた時期ではないので咲いていません。

太鼓門二の門

二の丸の正門。一の門は南と北の門台石垣をまたぐ櫓門。平成十一年に復元された。

玄蕃石

太鼓門の櫓門下にある高さ4m、周囲7mの巨石。石を運搬した人夫が苦情を訴えたところ、石川康長(玄蕃頭)の耳に入り、その人夫は即刻首をはねられ、槍先にその首を刺して運搬を命じたために名がついた。推定26.5トン。

2005.8.18撮影
 松本城天守閣を様々な角度から  2007.8.7撮影
松本城に関連する書籍等
国宝松本城 四季の彩り―宮下済雄写真集 松本城の民話 スタンダード城 松本城 1/350
現存する最古の城として、また由緒ある深志城の別名で呼ばれる天守閣が美しい城として、日本はもちろん、世界的にも高く評価されている松本城。この築城400年を記念し、大胆なアングルと繊細なタッチで城を激写した渾身の写真集。 松本城のプラモデル

宮下 済雄
研光新社 1993-09

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高田 充也 北島 新平
郷土出版社 1989-08

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